将棋棋士,うつ病に罹る――うつ病九段

本の紹介

NHKでドラマ化されると知り手に取った。
著者は漫画「3月のライオン」の監修もされている将棋棋士。

将棋ソフト不正使用疑惑と「3月のライオン」の映画化で多忙を極めた時期にうつ病を発症。入院を経て,回復期にリハビリとして精神科医の兄に勧められて書いた体験記です。

コミカライズされたものを読み,もう少し詳しく知りたいと思い文庫本を読みました。

   

著者の文章は「3月のライオン」のコラムが好きなこともあり,スムーズに読めた。もともと週刊誌でコラムを書いていたようで,エッセイの名手として知られているらしい。そんな著者がうつ病発症時の状況や,精神状態,回復に至る経緯を書き綴っています。

発症して間もなく電車に飛び込むイメージが毎日何十回と浮かび,電車に乗ることより駅のホームに立つことが怖かったと語る(飛び込むというより吸い込まれる感覚だったようだ)。退院後も日内変動に苦しみ,一進一退を繰り返す。うつ病の感覚についていろいろ書かれていますが,目にとまったもののひとつに「疲れ」があります。

うつの疲れは,健康な人間の疲れとは根本的に違う。一言でいうならうつの疲れは「辛い」のである。何が辛いんだといわれても困る。脳が勝手に辛いという信号を送っているのだ。行動,発想などがどんどんしぼんでゆく。だから,うつで病んだ時に休むのは休養などというものではなく,脳の命令で体が自然と横にさせられているようなものだ。疲れも休みもうつの神様(最低の神様だ)によって,ただただあやつられている。

兄は「自殺させないことが精神科医の仕事だ」と言い,「うつ病は必ず治る」と何度も励まし,回復の方法として「散歩」を強くすすめる。心理屋としてはカウンセリングのことも期待したが,著者は受けなかったようだ。

読みやすい文章の中に,当事者だからこそわかる症状や感覚,心情が散りばめられている。うつ病の治療や援助に関わる人なら得られるものも多いはず。

ただ,欲を言えば,精神科医の兄の意見も知りたかった。
どこかにないかと調べたら,インタビューに答えている記事があった。

『うつ病九段』精神科医の兄が語る「あの時、先崎学を救うには入院させるしかなかった」

実績のある棋士で,兄が優秀な精神科医,慶応病院に入院し,心から気にかけてくれて回復の手助けをしてくれる仲間がいる――世間一般のうつ病患者の状況と比べると特殊ではありますが,うつという病を知るためには読んでおきたい一冊です。

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